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爪切りやブラッシング、
身嗜みを整えるうえで、誰もが行う行為だと思う。
爪を切り終えた時、又は、髪を梳かした後、
そこに残る残骸は、元は自分自身であったのに、
途端にゴミになってしまう。
血液だってそうだと思う。
ずっと疑問だったこと。
今日、帰宅途中に何だか気がついた。
あぁ・・・死んだ自分の姿を連想させるんだ。
直接的にでは無いけれど、ただぼんやりと、「生」から離れてしまうんだと思う。
“ぼんやり”って強敵だと思う。
例えば、自分に足りないものがはっきり分かるなら、必死で埋めればいい。
しかし、何かに“ぼんやり”とした不安を抱えていたら、
何を取り組めば良いのか、どうすれば良いのか。完全に五里霧中になる。
「よく分からないけど、何だかやる気が出ない」
以前そんな事を話した友人に、
「必死でやって無いからだ」とか「自分に自信を持て」なんて、
分かった様な勘違い発言をしないで、本当に良かったと思う。
好かれないより、嫌われる方が楽だと思う。
意中の人と普通に話すけど、深い関係になれない。
完全に線を引けない関係性ほど、苦しいものは無いんだろうと思う。
TAMは、昔から気になった相手が出来ると、何故だか無性に無視したくなった。
ぼんやりとした感じを、深層心理で逃げていたんだと思う。
“ぼんやり”って、“明確な理由が無い”って事だと思う。
あ・・・でも、“ぼんやり”って、悪い意味だけでは無いとも思うんです。
何だかワクワクする。
そんな“ぼんやり”とした幸せイメージは、理由もなく幸せな気持ちになれる。
心の「深層」部にある、気持ちの「真相」を「新装」すれば、色んな事が、ぼんやりイイ感じです。
“ぼんやり”には“ぼんやり”で対応しちゃえばいいのかも。